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調書内容はひっくり返せない

 再審で無罪を言い渡された冤罪事件がいくつかありますね。何年も服役したあとに実は無罪だったとされた事案です。それらの事件に共通しているのは、捜査段階では自白する調書に署名指印しているが、公判では自分のやったことではないと否定していたということです。そして、裁判所は、公判での被告人の主張を認めず、捜査において警察官・検察官が作成した調書のほうが信用できるとしていたのです。

 なぜ裁判所は自白調書のほうを信用するのでしょうか?公判での供述は記憶があいまいだったりしますし、うまく話せない口下手な人もいるでしょう。しかし、調書は理路整然とすらすらと書かれています。しかも、客観的証拠との整合性も考慮されており、矛盾もない。弁護人からすると、調書なんて警察官の作文なので、そんなの当たり前なのですが、裁判所はそのような事情を、(仮に本心ではわかっていても)決して認めません。

 「犯行を認めれば検事の心証がよくなるから20日で出られる」とか「自白しないと簡易送致ができない」とか「保釈で出たいだろ。否定したいなら裁判で否定すればいい。」とか適当なことを言って、身柄を拘束されている被疑者の心の弱い部分に警察官はつけこみます。

 しかし、考えてください。警察はなんのために取り調べをしているのか、ということを。言うまでもなく、被疑者を起訴し有罪にするためです。彼らは公務員です。警察官が被疑者に同情したり、被疑者のことを親身に思ってくれたり、なんてことはあるはずないのです。そういうふりをして署名指印させるのが彼らのテクニックなのです。署名指印さえさせてしまえば、まず裁判所はそのとおりに認定してくれますからね。「裁判で本当のことを言えば、真実は明らかになる」と思っている人がいたら、そんなわけないでしょうと断言できます。裁判は真実を明らかにするシステムではありません。事件を「処理」するシステムです。

 瀬木比呂志という最高裁判所調査官も勤めた元エリート裁判官(退官するころにはもはやエリートとは言えない扱いだったらしいですが。)が「絶望の裁判所」という新書を著しベストセラーになったことがあるので一読してみてください。弁護士からすると当たり前のことしか書かれていないのですが、一般市民からすると驚愕の事実がてんこもり、という評価のようです。

 被疑者から見れば国選弁護人も国に雇われた人であり、警察官の言うことも国選弁護人の言うこともどちらも同じ価値しかないかもしれません。しかし、あなたからお金をもらっている私選弁護人のアドバイスの重みは、警察官と同じですか?警察官が調書に署名させるために言う甘言のほうがあなたにとって気持ちいいかもしれません。しかし、私選弁護人はもらったお金の分だけ仕事をします。長い目で見たときのもっとも適切な行動を経験に基づきアドバイスします。そのアドバイスは、1通目の調書を作る前にもらったほうがいいのではないですか?

 2通目以降の調書で1通目の調書を否定しても、裁判では検察が2通目以降の調書を隠すということはよくあることです。また、1通目で警察に都合のよい調書に署名指印してしまうと、その後の取調べでは「前には認めていたじゃないか」と言われることになり(当然ですね。)、取り調べがしんどくなります。

 その結果、どうでもいいや、はやく取調べから解放されたい、と言う気持ちになって警察官の作文に署名指印するという流れになるのです。否定するなら、1通目の調書から否定する勇気を持たなければ、いずれ心は折れます。その勇気を持たせる弁護人との接見は、逮捕されて1通目の調書を作る前にすべきです。

 なお、逮捕後最初の調書は、通常、逮捕から半日以内に作られます。ですから、逮捕されたら、半日以内に接見に行きたいところです。

同じようにみえて全く違う

一般人からすると同じような内容で、警察官も「同じじゃない、どこが違うの?」と署名指印を迫って来るけれども、法律的評価は全く違う、ということがあります。その一例が「未必の故意」というものについてです。詐欺罪の調書を例にとりましょう。

 「受け取ったものが現金だとは思わなかった。」

 「受け取ったものが現金だとは思わなかったが、現金かもしれないという疑念が全くなかったかと聞かれたら、全くなかったというわけではない。」

この二つ、警察官はなんとか説得して後者に署名指印させようとします。 前者は、現金授受の認識がなかったというもので、故意を否定し、詐欺罪の成立を否定させる調書です。これに対し後者は現金かもしれないという認識はあったというもので、故意はないものの「未必の故意」と法律学で言われる認識があったため法的には「現金だと分かって受け取った」という供述と全く同じ評価をされる、詐欺罪の成立を認める調書です(情状の良しあしは別問題ですが。)。

このように、素人考えでは「まあだいたい言ったとおりだし、いいや」と思って署名してしまった調書のために、故意を否定する弁護活動の道が受任した時点ですでに閉ざされている、ということがままあります。事件ごとに、このような注意すべきポイントというのがありますので、それをレクするためにも、1通目の調書作成前に刑事事件に精通した弁護士と接見することは不可欠なのです。